2008年07月18日

病気になると言う事、治ると言う事



 歯科の場合は 特にそうなのだけれど

殆どの人が すごく簡単に考えている


    虫歯になった  咬みにくい

    もっと進んで全身症状がある場合でも

    「親知らずを抜いたら治った」

    「歯を削ったら 治った」  とか考え方が安易だ

    それに それで良くなったからその先生を信じるとか

    レベルがすごく浅い


 もちろん それでも良い

その人の人生だから 責任は自分でとれば良いのだ


だけど何故そうなったのか 深いレベルでの思考も必要だ

その上で治れば 自分が得るものも大きい

そんな事は 大きなお世話かも知れない

だけど そんな事で立ち直っていく患者さんもみえる事は確かだ。
    
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2007年11月09日

診療依頼

 全国から来るのだが殆どの場合

自分の症状をあれやこれや言われるのだが人の話を聞こうとしない

ブログにも書いたがその人の都合ばかり聞いていても病気は良くならない

原因を外にばかり求めるのは如何なものか

あの先生はこうだったとか責任は医師にあると言う話は疲れる

もちろんそういう場合もないわけではないが患者さんの中にも問題はある



 30年前に心理学でもそんな患者さんの分類や

どう対処したら良いかは習ったがこれはひどく疲れる

本音を言うと自分の中の問題にどう気付くかと言う事なのだが

難病患者さんでこれに本気で取り組もうとしない人の解決は難しい
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2007年08月24日

悩み 4


 こういう話をすると

 歯科医師はすぐ「どこの歯を処置するのですか」とか

 「顎関節をどうするのですか」

 「どんな薬を処方するのですか」等質問してくる


 はっきり言うと 身体全体がどうなっているのか

 臓器はどうなのか

 精神状態はどうなっているのか

 全てを読み取らなければ

 どう治療するのかは読み取れません


 患者さんの中にはそんな事までと言われる方もみえます

 でも穴のあいた歯をつめる、痛みを取るだけを望まれる

 まるで物の修理のように考えている患者さんは

 私の歯科医院には向きません

 いわゆる縁のない患者さんです。
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2007年05月16日

入れ歯

何ヶ月か前に入れた入れ歯が当たって痛いと言って来院する患者さんは多い

いくら話しをしても理解してもらえないのだが

入れた時から何でも調子は良くて良く噛めたのにと


それは身体が歪んできているから 口腔内が緊張して

入れ歯のその部分があたり歯茎が腫れるのです

と言っても解ってもらえない


入れ歯が当たっている部分を削れと言う

削ると身体はよけいに歪む ただし痛みはなくなる


歪んでいっても痛みはないので気が付かない

やがてとんでもない症状となり 現れた時は歯科には来院しない


人の話を聞かない患者さんの入れ歯は削るしかない

患者さんはわがままと言われる由縁である

その人の人生に立ち入る気は無い

(考え方が変わらない限り)
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2007年05月08日

内臓マニュピレーション

ゴールデンウイーク中に

Drジャン・ピエール・バラル氏の国際セミナーに参加させてもらった

バラル氏はフランス人で世界各国でセミナーを開いている

話には聞いていたがすごい内容がびっちり詰まっていてかなり面白かった



内臓に対するアプローチもすごかったが

脳の記憶を読むという着眼点に感心させられた



これからこれをもっと自分のものにして進化させていこうと思う

ワクワクする

こんな感じを味わって考え方や生き方を変えるのは楽しい

だからセミナー通いはやめられない

こんな人に出会えるのなら長生きもまんざら悪くない。
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2007年05月05日

痛み

HPを見ると どこそこの歯科医院に行ったら肩こり、頭痛、腰痛が取れた

すごい先生だここに決めた などと書いているのを見かけるが

それだけで良いのなら 何にも私の診療所にわざわざ来てもらう必要はない

他の歯科医院でも治せる先生はいっぱいいる

それに費用が かからなかったと喜んでもいる

結局そんなレベルの人だと思う



痛みや機能不全はそこだけ取っても今度はより複雑になり

潜り込み、しかも違う場所に出てくる

すると歯科に来院しない

難病患者になるしかない

しかも自分で選んだ道である

責任は自分にある



だけどそんな人は殆どが医師のせいにする

医者選びは考え方、生き方、人生選びなんだと

早く気がついてほしいものだ。
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2007年05月01日

患者さん

「先生はお金を儲けたいんですか」

「患者さんを治したいんでしょう」

と、ある人に聞かれた


深いレベルで言うと そうは思っていない

「では どうしたいんですか」

「う〜ん」と暫く考えてから

解ってもらえるかなと思いながら答えた



「私のみているのと同じ景色を見せてあげたい」と

その人は解ったらしい 

こんな事が腑に落ちると言う事はその人もかなりのレベルです



そんな事考えている医師は殆どいないと思う

もちろん金儲けでやっているわけではない

名誉が欲しい訳でもない

権力を手に入れたいわけでもない

この浮世でそんなものを手に入れてもむなしいだけだと思っている

「いい車に乗りたくないの」と言われれば「乗りたい」が

それ程こだわりはない

それより色々なすごい人に会いたい

そして死ぬまでに私の器を満たしたい



「自己満足ですか」と言われた

そんなレベルの話ではない
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2007年02月27日

歩行

最近 殆どの人が歩かなくなってきている

それは精神構造にも影響を与えている


受験生は勉強ばかりでなく カントの哲学歩行もした方が良い


物事をまとめ上げる思考作業は 関係と関係との間を作って整理するのには

歩行が良い。
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2007年02月14日

選択するという事

どこの歯科医院で治すかは自分の意識レベルでしています

しかし殆どの患者さん(医師も)自分自身の身体を知らない

無意識下にあるものや 高次の心(超個心理学、トランスパーソナル心理学で言う)

魂とか神、普遍的無意識にあるものを見つめて欲しい



モーツアルトが次から次へと作曲していった創造性は意識ではなく

無意識下や高次の心にあるものの方ではるかに多くを行い

意識では追いつかないと言われています


私達の歯科医院へ来院された患者さん

もう一度よく考えてみて下さい


私達の医院を選ばれた人の中には魂で感じたとか

神様にそう言われたとかいう人もいます

それはその方の高次の心によるものだと思っています


私が数十年前から勉強してきた心理学がこんな形で実現しています。
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2007年02月13日

悪習慣

悪の原因がなんであるかが解っても 人は滅多にそれを取り除こうとはしない

また全ての見識を持ってしても他の習慣にとって替わられるまで

頑固な習慣は無くなりはしない

しかし 習慣は行為を通してのみ身につくものであり

その為の唯一の方法は適切な教育以外ない



如何なる懺悔も如何なる説明も曲がった植物を真っ直ぐにする事はできない

そのように曲がった植物は格子にはわせてやるべきだ

                 カール・ユング



生活の中で自分自身をみつめ そして出てきたものを大切にする

どうすれば人生が良くなるのか考えてみるべきです

失敗から学んでください

そんな人の治療が私はしたい。
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2007年01月22日

時間軸

こんな言葉を聞いた人は少ないと思う

身体で考えてみよう


身体の変曲(曲がっている事)は時間軸でやっているので捻じれである

捻じれはポテンシャルエネルギーを蓄積しないでそのまま曲げる


身体が曲がっている人は左右前後とも

ただ単に傾いているだけではないという事


これは整体の先生の方が良く解っているはずです。
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2006年07月12日

思考 と 議論

木戸歯科医院の木戸です。

考え方のいろいろな場面での、考え方を整理するは

  シリーズの第10回目で終了しました

最後に私がわかり易くまとめたつもりです。




・思考は 深くする事

・レベルを 考える事

・切り口を 検討する事

・当たり前と思う事も 再検討する

・こうだから こうだ こうに決まっている ではなく

  違う角度から考えてみる

・物事の本質を理解しようとしない相手や

  自分の言いたい事 だけを言い 

  それが正しいと 思っている相手とは 議論はするな

  ゲームに巻き込まれ いやな後味が残るだけだ

  ゲームだなと思ったら すぐ中断する事

・決まりきった議論なら する必要はない
   
    本を読めば そこに答えはある

・論理階型 の、検討が 絶対必要です

・雑談程度の議論は リスクも少ないが 報酬も少ない

・わからなかった事も 何ヶ月、何年か後に再考する

  そうすれば かなりの事が わかるようになっています

  もちろん その間の勉強も必要ですが

・わからなかった事柄が 数珠のようにつながっていき

  大団円をむかえる

               木戸 寛任
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2006年07月06日

考え方の整理(その10)

木戸歯科医院の木戸です。

考え方のいろいろな場面での、考え方を整理する

  シリーズの第10回目です。

どこでどんな混乱が起こっているのか、

そして混乱の中からどうやって考え方を整理するのか、

今回も一緒に考えて見ましょう!!



バレエ・白鳥の湖・ 論理で美は語れるか

子供:「お父さん あの人はなぜ白鳥にみえるの」

父親:「白鳥のようにみるね」

子供:「あのバレリーナは人間なの 

   舞台で踊っている時は ふつうの人間らしくないわ

    踊っていない時のあの人とは違っているのよ」

   「人間だけど 人間じゃない 何かになっているの」

父親:「つまり あの白鳥は水かきもないし 

           ただの白鳥のようなものにすぎない

    あのバレリーナも人間としての個性がなくて
  
        ただの人間のようなものにすぎない。 どうだ」

   「いや 白鳥と人間を別々に考えないで 
 
     白鳥のようである と、同じに 人間のようである 

        と、考えた方がいいな 」

子供:「でも(白鳥のよう)と、言う時と(人間のよう)と言う時で

     言葉の意味が違わない」

父親:「うん 違うね あの白鳥が 人間のようだ と言っても

    それは 人間という種属に入る という意味じゃない」

   (バレエの白鳥)と(人間)とを一緒に包む

  グループの中の1つのグループに入る。と、いう事さ」

子供:「(グループ)とか(入る)とか そういうのとは違うんじゃない」

父親:「(舞台の上で一種の白鳥が踊っている)という時の(一種は)

    言葉によって結ばれている(なぞらえ)の関係かな」


 *一種という言葉の意味の分析

「舞台の上の白鳥は 一種の人間である」と、いう時の関係は

   観念同士の関係である

*白鳥と人間の関係ではなく

白鳥について抱いている観念と 人間について抱いている観念との

        間の関係である

*それは比喩的関係とか「なぞらえ」の関係である


子供:「(白鳥のよう)という時の よう と、(人間のよう)という時の

    よう では意味が違うから やり直してわからないから」

父親:「あの白鳥は本物の白鳥ではなくて 

     誰かが(なりすました)白鳥だね
    
  その白鳥になりすましている人は

     (なりすましたのではない)人間だ

  ウソの白鳥であると共に

      白いドレスを着たホントの女の人でもある

        そして若くて優雅な女の人のようである」

 「全部がうまく結びついて

     (なりすました)(なりすましたのではない)

     のと(ホント)が溶け合って一つの意味になる」


★分離可能な部分と

そうでない不可能な部分の話 美を捕らえるのは 

        不可能であるという事


★ガリバー旅行記

天空の城ラピュタの王(妃は雲の中に頭をつっこんでいる人という)

は何事も知識の糧としている

庭の花を摘んで 体積や重さを計ったりするような人で

その花の美しさなでは みむきもしない



    グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より
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2006年06月30日

考え方の整理(その9)

木戸歯科医院の木戸です。

考え方のいろいろな場面での、考え方を整理する

  シリーズの第9回目です。

どこでどんな混乱が起こっているのか、

そして混乱の中からどうやって考え方を整理するのか、

今回も一緒に考えて見ましょう!!

物事をハッキリさせる事 輪郭はなぜあるのか

子供:「お父さん 絵を書く時 輪郭を描くのは何故なの」

父親:「牛や馬や羊の群れは どう」

   「一頭じゃなくて 群れ全体の輪郭は?」

   「会話は?」

子供:「会話の輪郭なんて 絵に描けないでしょう」

   「ものの輪郭の事よ」

父親:「物を描く時に どうして輪郭を描く事になるのか 

    という意味なのか  

    描く、描かないに関係なく 物には輪郭があるのか 

    という意味なのか」


  ・ウイリアム ブレイクという名の芸術家がいた

    彼はすごい カンシャク持ち の画家だった

  ・自分の考えを 紙つぶて にして人に投げつけたりした

  ・彼は人から 気狂いだと思われていた

     それによって また怒り狂った

  ・彼は 色々な事に我慢ならなかったが 

     ものに輪郭がないように描く描き方をする連中を 

      ボケ画家 と呼んで バカにした

  ・彼は寛容な人間ではなかったし 

        寛容でいる事が いい事だと思っていなかった

  ・寛容は一種のボケで 輪郭をぼやけさせ 

         世界がクリアーに見えない様してしまう

  ・ものに 輪郭があるか という問題は重要な問題である

  ・ユダヤ人のことを「キリスト殺し」と言う人は 

    頭の中がボケていて 輪郭がきちんと 引けない人間である

  ・キリストを殺したのはユダヤ人ではなく イタリア人だ

  ・ユダヤ人の事を キリスト殺しと責める人間は 

   頭のピントが二重に ボケている 

    事実ではない事を 事実みたいに言っている

   先祖がした事を 子孫が責任をとれ と言っている 

   ような 言い方はボケている

  ・こんな人間たちに寛容になる必要はない

  ・物事を ゴチャマゼにして平気でいる人間に

           寛容になってはいけない

★物理的な宇宙が量的で 連続的なあり方

をしているのに対して 情報と伝達と組織とパターンの世界は 

差異や対照からなり そこには 常に輪郭が現れる



★ガリバー旅行記は非常に難解な物語である
    (情報と 伝達と 組織と パターンの世界の物語だと思う)

彼が帰ってから話す 冒険談は輪郭が明確に現れない

         (考え方によっては 非常に明確でもある)

 考える事が山程ある 物語だと思う

 伝達方法がテーマであろう

     グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より





   
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2006年06月13日

考え方の整理(その8)

木戸歯科医院の木戸です。

考え方のいろいろな場面での、考え方を整理するシリーズの第8回目です。

どこでどんな混乱が起こっているのか、

そして混乱の中からどうやって考え方を整理するのか、

今回も一緒に考えて見ましょう!!


さて、題名を付けるとしたら 何?

子供:「外人って どうしてあんなに手を動かしてしゃべるの」


親 :「お前だって うれしい時はニコニコしながらしゃべったり
    怒っている時は 足を踏み鳴らしながら しゃべるだろう」


子供:「僕はあんなにオーバーにしないよ
    変だし、バカみたいだと思わないのかな」


親 :「お前が外人と話をしたとするよ 手や足を動かしながら話している時
    それが急に止まって 口だけでしゃべっているとするどう思う?」


子供:「何か気にさわる事を言ったか 怒っているんじゃないか と思う」


親 :「どうやら 答えが出てきたようだね」


子供:「でもおかしいよ 怒った時に 怒った事がわかるように
    それまで ずっと 手を動かしているなんて」



親 :「人が会話をしている時 どんな話をしているのか
    野球、サッカー、の話 芸能人、近所の人、のうわさ話
    こういう話で何を伝え合っているのか どんな種類の情報か

    人が話をする時の殆どは「怒っている」とか、「怒っていない」とか
   「仲良し」だとか、言い合っているだけではないのか

   相手が話をよく聞こうという構えでいれば
   いろいろな 細かな情報を伝えられる」


子供:「でも 怒ってない と口で言えばいいじゃないか」


親 :「言葉で言うのと 身振りや口調は同じにならないよ」



 ・言葉だけのコミュニケーションはありえない

 ・外人の手振りジェスチャーは言葉だけでは言えない事を伝え合っている

 ・言葉(外国語)を習う大変さは コミュニケーションの手段としての
  身振り、手振りを教わらない からと言う言い方も出来る

 ・身振りと言葉とを分けるのはナンセンス

 ・「ただの言葉」と言うものがある という前提の上に成り立つ概念

 ・言葉を身振りのシステムとして 捉えなおすのが大事



★バーバルコミュニケーション・ノンバーバルコミニュケーション 

  情報伝達システム・パターン

   輪郭


  グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より


  
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2006年06月06日

考え方の整理(その7)

議論は何を生むか
議論好きな人について ルールについての考察

子供:「お母さん お父さんがズルしたよ」

父親:「ちょっと この駒を動かしただけじゃないか」

子供:「お父さんは いつも僕をワナにかけようとするじゃないか
    ハッタリをきかせようとしたり ズルをするじゃないか」

   「お父さんは 僕と本気でやってない
              まじめにゲームをしてないんだ」
父親:「違うよ まじめにやっているさ
    ズルをしたい気にさえならないのは 本気じゃないからさ」

子供:「だから ルール違反をするの」

 ・ゲーム的思いは まじめである
 ・ゲームにも ルールがある
 ・ズルをする人は 本気になってルールを構っていられなくなる

EX 積み木遊び

       バランスのとれる積み方  }
           崩れる 積み方  } がある

  ・接着剤で積み木のコマをくっ付けるようなのはルール違反
  ・思考のコマ自体にもルールが組み込まれている
         どのコマとどのコマがお互いを支え
               どういう順序でのせていくのか 
  ・接着剤でくっつけてあるのが クリシェー

クリシェー
 フランス語で 印刷屋がアルファベットの活字を一つ一つ拾って
  それを一本の棒のようにして文を作るが よく使う文や語句は
  最初から別に作ってある それをクリシェーと言う

 ・スイスイと論理的に会話が進んでいく事は
     新しい話は 何もできない という事

 ・昔 誰かがしゃべっていたのと同じ事を
   オウムみたいに繰り返す  クリシェーです

 ・人間はものを考える時に 
   最初から出来上がっているフレーズや 考えに
   頼ることが多い

  
 ・印刷屋が新しい言葉で書いた物を 印刷する時は
   活字の列を一度バラバラにしないと いけない

   それと同じで 最初から出来上がっている考えのまとまりを
   一度バラして混ぜ合わせないと いけない

 ・クリシェーはルール違反です

 ・クリシェーの棒をバラスとき全部マゼコゼにしてはいけない

 ・思考が混乱した時 おかしくならない為にルールが必要

 ・それは 一度考えを混乱させて 
   その混乱から入ってきたのと別の出口を通って抜け出る

  ★生きる事の目的は「生きるゲーム」のルールを発見する事
   いつでも変わっていて決して捉える事のできないルールを

グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より
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2006年05月26日

考え方の整理(その6)

科学が築く仮説の山 V (その2)

子供:「本能のブラックボックスに貼り付けたラベルは
             何をするか という事だよね」

父親:「そうだよ」

子供:「何をするの」

父親:「本能は生命体の行動を コントロールするんだ
      部分的にコントロールすると考えられている」

子供:「植物にも 本能はあるの」

父親:「又 話をややこしくする 
     お前の質問にはワナが仕掛けてあるような気がしてきた」

子供:「ルール違反はしないで ちゃんと答えてね」

父親:「わかった いいかい 植物の話をしている時に
    本能を持ち出したら その人は 
       植物の世界を動物のイメージで汚染した事になる」

子供:「それ 悪いことなの」

父親:「ああ すごくね
    植物学者が植物を動物のように見立てるのは
    動物学者が動物を人間のように見立てるのと同じ位
     悪い事だ」

子供:「ふ〜〜ん 
    じゃ行動を部分的にコントロールするって どういう事」

父親:「犬が崖から落ちるとする
    その時 落下という運動を支配しているのは
    重力という事になるが
    落ちながら犬が体をくねらせるとすれば
    それらの動きの方は
    本能の支配を受けているという事になる」

子供:「自己保存本能」

父親:「だろうね」

子供:「自己って犬にも自己があるって事知ってるの」

父親:「もし犬が自己というものを意識していて
    自己を保存する為に
    体をくねらせる人だったら それは知的な行動になる」

子供:「本能的じゃないって事
    じゃ 自己保存本能って矛盾してるじゃない」

父親:「まぁ 半分だけ動物を人間に見立ててることになる」

子供:「だったら さっきの植物の時みたいに
    悪い事だね半分だけ
   その自己をを守らなくちゃいけないと意識していないのだったら
   今度は体をくねらせないで落ちていく方が知的な行動だ
    それでも 体をくねらせる人だったら
    それは本能的だということになる
   ただし 学習して身みつける人だったら 本能的ではない」

子供:「本能的ではないって どちらが
        学習する行動? 体をくねらす行動?」

父親:「体をくねらす方さ」

子供:「学習する方は 本能的なの」

父親:「そういう事になる 学習する能力を
    学習で身に付けなければならない人だったら 別だが」

子供:「ふ〜〜ん」

★パブロフの学習の実験で犬がある行為をした時に
 餌をやったり 電気ショックを与えたりして
  その行為をする事や しない事を学ばせる というのがあるが
  学習の階型レベルがここで終わる訳ではなく
  もっと習熟するような変化
学習する事を学習するもある
  探究心の強さと言うような その生物の性格にかかわる事で
  その人物なり生物が変わる
   と いう事です
  
  性格形成的学習ですが これは学習の論理階型が高い  

       グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より
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2006年05月25日

考え方の整理(その5)

科学が築く仮説の山 V (その1)
本能って何 学習するってどういう事?

子供:「お父さん 本能って何なの」

父親:「本能とは 一つの説明原理さ」

子供:「何を説明するもの」

父親:「説明してもらいたい事なら 何でも説明してくれる」

子供:「じゃ 重力は説明してくれるかな」

父親:「普通は本能で重力を説明しようとは思わないね」

子供:「できないの」

父親:「できるさ 〔月は距離の二乗に反比例する力で
      物体を引きつける本能がある〕って言うのは どう」

子供:「それって 最後に本能ってくっつけてるだけじゃない
      説明になってないよ」

父親:「だけど お前が本能って言い出したんじゃないか」

子供:「じゃ重力は何で説明したらいいの」

父親:「重力を説明するものはないんだ 
               重力が一つの説明原理だから」

子供:「ふ〜ん 何で説明原理は説明できないの」

★本能とか重力とかいう説明原理は 何にも説明しない
 ある点から先はもう説明しようとするのはやめましょう と言う
 科学者同士の取り決めが説明原理

父親:「説明原理を説明するものは ないんだ
     ブラックボックスみたいなものだよ」

子供:「ブラックボックスって何なの」

父親:「ブラックボックスというのは ある点から先を説明しないで
    すます為の科学者同士の取り決めの事で
    ふつう一時的な取り決めを言うんだ」

子供:「何でそんな名前なの」

父親:「もともとは エンジニアの言葉で複雑な機械の設計図を描く時に
    細かい所まで いちいち描くのは面倒だから 箱を一つ描いて
    その中の 色々な部分が全体として 「何をするか」
    という事のラベルを その箱に貼っておいた訳さ
    だから そんな名前なんだ」

子供:「じゃ 細かな事が集まって全体として何をするか
        と いう事のラベルなの」

父親:「そうだどんな仕組みでそういう働きが現れるのか
     と いう事の説明じゃない」

子供:「じゃ 重力も 本能も そうなの」

父親:「そうだ」


 ★説明原理と仮説はそんなに違わない
  仮説は一つ一つの出来事を説明するためのものだが
  本能とか重力とかいう説明原理は何にも説明しない

グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より
     
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2006年05月22日

考え方の整理(その4)

科学が築く 仮説の山 U
 オッカムの剃刀

子供:「お父さん、染色体とか遺伝子って何なの 
    何をするものなの」

父親:「細胞の染色体の中に遺伝子があるんだ
    遺伝子というのは、その生物の生長と
   行動を指図する一種のメッセージなんだ」

子供:「ふ〜〜ん」
   「染色体も学習するの」

父親:「どうかな わからないな」

子供:「染色体って ブラックボックスみたいだね」

父親:「そうだね しかし もし染色体や遺伝子に
   学習が可能だとしたら
   それはすごく 複雑なブラックボックスになるね
   今、誰が考えているよりも 複雑なものにね。
   科学者というのは 
   いつも世界が単純に出来ていると考えたがるんだ
   そして その期待は きまって裏切られる。」

子供:「世界が単純に出来ていると思う事って 本能なの。」

父親:「もちろん違うさ。そう信じるように学習してきたんだ。」

子供:「へんな学習だね いつも違うように学習するなんて」

父親:「それは 科学者に対して失礼だね おまけに不正確だ
   世界が単純に出来ていると考えるたびに
   科学者が誤りを犯しているわけじゃない 
正しい場合 部分的に正しい場合もある
   もっと多くの場合 自分で正しいと思い 
お互い「正しいんだ」と言い合う
  何ナニ学会なんてのもある
   世界が単純だと考えて 不都合なことになるばかりか
   かえって賞賛されるんだから 
   この考え方が身についていったとしても
   不合理じゃないさ
   とにかく いつも間違うように学習するということが
   生物の世界で起こらないと考えるのは 全くの誤りだね」

★2,4,6,8,10,12、の数列の次に来る数は何か

「14」と答えた人は 最初の6列だけから得たデータに基づいて
これが偶数の数列である と言う一般化を行ったわけですが
その一般化が誤りである場合もある

次の数が「27」だとしたら
2,4,6,8,10,12,27, 2,4,6,8,10,12,27、2,4,6,8,10,12,27、
と、一般化しますが
この時に次に来る数は何かと聞いたら
恐らく「2」と答えますよね

優れた学者たちも この「オッカムの剃刀」と呼ばれる前提に
影響されているからです
別名「倹約則」と言う 

この規約は 最も簡単なものをベストとするという規約です
この単純さの原則に基づいて次に起こる事を予測しますが
事実というものは まだまだ続いていくかもしれぬ連続の
すでに与えられた部分の中にしか存在しないのです

★「オッカムの剃刀」別の言い方をすれば
必要なもの以外は思考から切り落とすべきだ とする主張である

これも 難しいようですが よく考えてみてください
ものすごく当たり前の事を言っているだけです

グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より
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2006年05月18日

考え方の整理(その3)

科学が築く仮説の山T

子供:「お父さん 引力って何?」

父親:「う〜〜ん どう説明しようかな」

子供:「ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て引力を
    発見したんでしょう」

父親:「そうじゃない」

子供:「学校でそう習ったよ」

父親:「引力を発明したんだ 発見じゃない」

子供:「わからないよ」

父親:「学校の先生の教える事すべてが正しいワケじゃない」

   「ジョン・ドライデンと言う人がこんな事を言っている
    教育により 殆どの者は誤りへ導かれた 
    彼らがそう信じるのは
    そう教え育てられたから 乳母の始めた過ちを 
    神父が引き継ぎ
    かくて子供が大人を凌駕するに至るってね」

子供:「じゃあ 僕たちは何を信じればいいの」

父親:「信じる 信じないの問題じゃない 物事をどう考えるか
    と言う勉強をしなければいけない
    知識を累積するだけの勉強方法は編重を生むんだ」

子供:「難しいな 考える事が大事っていう事」

父親:「自分でね もちろん基本的な知識は必要だが
     自分で考える訓練をする事かな」

子供:「それじゃ ニュートンは何をしたの」

父親:「引力を発明したんだ 作ったのさ」
   「ニュートンは仮説というのは みんなフィクション 
     ただの作り話だ と考えたんだ」

 ★ニュートンの言った言葉に
   hypotheses non fingo がある


 hypothesesは仮説ですが
 出来事を記述する文章を二つ並べて それをつなぐ言葉で
 二つの記述をつなげる言葉は 全部仮説です

    EX  「2月1日は満月だった」 「3月1日は満月だった」
       を、つなげる言葉は仮説である

  fingo はラテン語で I make の意味

★「重力は 説明原理である」

★「重力が何にも説明しなくて ただの説明の終わりにつける印みたいなもの
  だから ニュートンが重力を作っても
   仮説を作った事にはならない  なんてね」
 
        引力と重力は違いますが

  グレゴリー ベイトソン著 精神の生態学より
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2006年05月15日

考え方の整理(その2)

部屋は何故片づかないか

母親:「あなたの部屋は 何故いつもあんなに散らかっているの」

子供:「だって私が片付けたのに 
              弟のひろしが又散らかしたんだもの」

母親:「あなたは 片付けたって言っているけど
         あんなのは 片付けたうちには 入らないわよ」

子供:「ちゃんと 片付けているわよ」

子供の言い分 「私が いじった時より 弟がいじった時の方が
              もっと ひどくなってしまう」
               なのに お母さんは 私ばっかり・・・

母親の言い分 「なぜ あの子は きちんとできないのかしら」
              きちんと整理する という事を教えなくては

(では 質問です)
1、自分の思う散らかしている と
        人の思う散らかしている は、同じか

2、自分の思う片付いている と 
        人の思う片付いている は、同じか

答え
  散らかっているのは 皆 同じだが
  片付いているのは  一人々違う

質問を変えて
  お母さんに
     「何故 物は 私が片付いていない と、
                  思うふうになってしまうのか」
答え
   散らかっている と、思う並び方の方が
   片付いている  と、思う並び方より
     数が多いからです。
だから 散らかり方はたくさんあるので散らかるのですよ お母さん

★科学も いつも必ずその理由に 引っかかっている
 「起こり方が たくさんある事は 実際起こる」

  別の言い方に こうゆうのがある(レベルは違いますが)

★「長く真でありつづけるものは
   それほど 長く真でありつづけない ものより
           実際 長く真でありつづける」

   難しいように思われるかもしれませんが
     ものすごく 当たり前の事です。
  精神の生態学 グレゴリー ベイトソン著 より
posted by ミカエル at 17:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 1.生き方、考え方を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

考え方の整理(その1)

20年前に書いた私の文章を載せましたが
どこでどんな混乱が起こっているのか秩序付けたいと思い
これからシリーズで考え方の色々な場面を書いていきます

頭が良いと言う事についての考察

子供:「お母さん、今度のテスト70点だったよ」

母親:「まぁ この前のテストは80点だったのに
            もっと 頑張って勉強しなきゃね」
   「大体 あなたは 算数が苦手だわよね」

子供:「ねェ お母さん テストって 何の為にするの」

母親:「どれくらい先生の言う事を聞いているか、
             理解できているか見るためよ」

子供:「それが 理解できたらどうなるの」

母親:「良い点数がとれて 良い学校に入れて 
                 いい会社に入れるのよ」

子供:「ふ〜ん 算数とか理科とか国語ができると
       良い学校へはいれるのその為にテストがあるの」
母親:「そうよーー。」

子供:「じゃあ テストはその人がどれくらい知っているか
            知識の量を測るためにやるんだね」

学校のテストは何をしているのか

・石を投げて 紙の大きさを知ろうとしている

・2枚の紙を同じ距離に吊るし 同じ数だけ石を投げる
  多く当たった紙の方が 多分大きいと想像する

・テストも生徒に向かって質問を投げる
 その質問が生徒の知識に当たる数が多ければ
 その生徒はたくさん知っているという事になる

・大きい問題ができた生徒と
  小さな細かい問題ができた生徒と同じ点数はおかしい

・種類の違う問題には 種類の違う点数を与えなければならない

・違った種類のものは きちんと区別する
  EX〔オレンジ2個、と 2m、は同じ2でも違う〕

★算数は1点の曇りも無く考えを進めていく為に作り上げた
  一種のトリックで 全てスッキリ行く所が良い。

 精神の生態学 グレゴリー ベイトソン著より
posted by ミカエル at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 1.生き方、考え方を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

生き方を変える

楽に生きると言うタイトルを付けたのですが
「どういう事か」
「それは生き方を変えると言う事です」「或いは考え方を変える」
「生き方を変えると どうして楽になるのか」
多くの場合 人は考え方のパターンを持って
それに従いながら生きています
何故
パターンを使った方が楽だからです
「では その方が良いのではないのか」
そうなのですが病気になった場合
殆ど考え方の変換が求められているからなのです
考え方(生き方)を変えていただき 
その上で治療すると
よりベストな状態になっていくのではないかと思っています

では、生きる。とは、死とは。を考えてみました

DSCF0064.JPG

●作業効率で言えば効率は悪い
●無駄な抵抗をしなければいけない
 医師も患者も 個体も
posted by ミカエル at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 1.生き方、考え方を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする